シリベシぐるっとプチ旅‼
シリベシ内陸部から羊蹄山を廻り寿都へ‼

共和,倶知安,京極,喜茂別,留寿都,ニセコ,黒松内,寿都町を巡る‼

かかし古里館共和町 MAP

かかし古里館

廃校となった旧幌似小学校を修復し展示場として再活用し1994年にオープンした郷土・歴史資料館。共和町開拓の歴史を分かりやすく展示・紹介している。またかかし祭り入賞作品(かかし)等も展示、博物館にありがちな堅苦しさがないのが良い。◇開館時間/10時から16時(入館は15時30分まで)休館日/毎週月曜日・祝祭日の翌日・年末年始 ◇所在地:共和町南幌似103-13

幌似駅交通公園(旧岩内線)共和町 MAP

幌似駅交通公園

幌似駅交通公園は国鉄岩内線の幌似駅舎やホーム、車両が保存され、当時の面影を色濃く残している唯一の施設。とはいうも元の駅跡は2007年に国道バイパスに用地が転用されたため、鉄道記念公園として移転再整備され、記念館として一般公開したもの。鉄道ファンは一見の価値ありと思います。開館期間/4月29日から10月31日(月曜日休館)開館時間/9時から17時まで
◇所在地:岩内郡共和町幌似 ◇GPS:N42°59’09,09” E140°36’83,83”

日本一の水倶知安町

日本一の水

倶知安町の駅前にある湧水で看板に「日本一の水、この水は羊蹄山(えぞ富士)の麓から湧出するおいしい水です。四季を通して変わらない水温でまろやかな味わいは「日本一の水」といわれています」とありました。3ヵ所ある蛇口は飲用タイプで水汲みには不向き。「昴」と書かれた碑もどきのは普通の蛇口なので、こちらは水汲みに利用できそう。成層火山の山麓には名水処が多い。
◇所在地:倶知安町北3条西4丁目 倶知安駅前

石川啄木の歌碑倶知安町

石川啄木の歌碑

倶知安駅前に歌碑と記念碑がある。記念碑の碑文を転載しました。 「碑文 石川啄木が函館から小樽に向かう列車で、真夜中の倶知安駅を通ったのは、明治40年(1974)9月14日の午前一時過ぎである。啄木はこの時の印象を短歌に詠んで、歌集「一握の砂」(明治43年12月)に収めた。鬢(頭の左右側面の髪)に古い痍あとのある女は、実景であったのか、それとも真夜中の倶知安駅のイメージにふさわしいものとして、あるいは職を求めて旅するみずからの心象として、創り出したものであったのかは、定かではない。当時の倶知安村は開墾が始まって15年たったばかりであった。駅前通りはようやく開通したものの、電灯はともっていなかった。この夜駅を降りた人たちの見上げた空は、王者の象徴・農耕の星として親しまれてきた(すばる)が輝くまでには、まだすこしの間があった。」※漢数字を算用数字に変更しました。◇所在地:倶知安駅前

ふきだし湧水京極町

ふきだし湧水

信じられないほどの水が湧き出している京極のふきだし湧水、1日の湧水量は8万トンと国内最大級とのことで環境庁の「名水百選」や「北海道遺産」にも選ばれている。ふきだし公園に隣接して道の駅、京極温泉、パークゴルフ場、キャンプ場もあり水汲み以外でも楽しめる公園です。湧水口へのペット同伴は自粛してくださいと、マンホールの蓋もカラーと珍しい。◇所在地:京極町川西

拓魂の碑京極町

京極・拓魂の碑

碑文によるとこの辺は太平洋戦争終結直前、東京から緊急疎開をしてきた方達によって開かれたという。また「戦後我が国の再興を願い200人が川西他9地区に入植」とあり、都会暮らしの人達が厳しい自然条件と戦いながら開墾を進めた、戦後開拓事業の記念碑であり、各地にある開拓記念碑とは、意味合いがかなり違う印象です。碑は昭和46年に建立。◇所在地:京極町川西 京極温泉前

現如上人像と本願寺道路跡碑喜茂別町 MAP

現如上人像と本願寺道路跡碑

東本願寺によって新道開削が行われた虻田―札幌間(現国道230号)の工事で、指揮をとった現如上人の業績を記念して中山峠に1967(昭和42)年に建立された。現如上人の背面に大自然と闘いながら道路を開削する僧や武士、アイヌの人達が描かれている。旧本願寺街道の石碑もある。
◇所在地:喜茂別町 中山峠 ◇標高822m N42°51’3389” E141°05’7620”

雪月花廊 旧双葉小学校史料館喜茂別町 MAP

雪月花廊

旧双葉小学校を再利用した郷土資料館&カフェ&旅人宿&キャンプ場&ライダーハウスという雪月花廊。小山村の資料館としては異色のできばえで壮渓珠駅逓所の写真もありました。旧校舎敷地の片隅に白花豆植栽発祥の記念碑があった。ブログで最近の様子を見られます。雪月花廊
◇所在地:喜茂別町双葉 ◇N42°44’73,82” E141°02’39,11”

道の駅230ルスツ留寿都村

道の駅230ルスツ

以前に道の駅230ルスツに松浦武四郎が登場する「ルスツ開拓物語」という展示があったという話を聞いて立ち寄ってみた。道の駅は買い物客でにぎわっていたが、それらしい展示はなく、道の駅の横に横に座っていた浪越徳治郎さんの笑顔に救われました(^^;。◇所在地:留寿都村字留寿都

赤い靴公園留寿都村

赤い靴公園

留寿都村に開拓に入るために幼い娘をアメリカ人宣教師に預けた母親が娘を案じた心情を、歌詞家・野口雨情が「赤い靴」として発表したもので、留寿都村では「赤い靴」ゆかりの地として女の子の像を建てました。像は童謡「赤い靴」の歌詞にある少女をイメージして建立、少女の名前は岩崎きみで母親の像は「ルスツふるさと公園」にあります。◇所在地:留寿都村字留寿都

曽我北栄環状列石ニセコ町 MAP

曽我北栄環状列石

ニセコ町の史跡に指定された遺跡で、開墾中の農夫が土の下に一群の列石があることに気づき、昭和26年に東京大学教授、駒井和愛氏が発掘調査を行ない人の骨と思われる骨片、硬玉、深鉢型縄文後期式土器が発見された。3000年前の遺跡と推定され、環状列石墓とみられている。遺跡は畑の中に有り周りをブロックで囲ってある。ただ遺跡の中に史跡の碑というのは違和感がある。
◇所在地:ニセコ町字曽我252-5

フィッシュ アンド 名駒蘭越町

フィッシュ アンド 名駒

尻別川は国土交通省が平成11年実施の一級河川水質検査で清流日本一というだけあってサクラマスやサケの他に鮎とイトウなど生息魚種も多彩で、フィッシュ・アンド・名駒では尻別川流域町村と尻別川の生態系を模型や映像などさまざまな資料を駆使して紹介している学習体験施設ですが、学習ツアー等以外では入館者は少ないようです。尻別川での各種漁法と、えさ釣りからルアー&フライなど釣りに関する実物展示などもあり、尻別川での釣りに興味がある人にはうれしいかもしれません。尻別川はアユやヤマメなどの渓流釣りで知られている川ですが、フィッシュ・アンド・名駒の横を流れている目名川は資源保護河川で釣りは出来ません。隣接して遊歩道とパークゴルフ場がある。◇所在地:蘭越町名駒町201-5

牛馬頭観世音蘭越町

牛馬頭観世音

馬頭観音はよく見かけますが牛と馬が一緒というのは初めてで、非常に珍しいものと思います。馬頭観音、馬頭観世音は仏教における信仰対象である菩薩の一尊であり、観音菩薩の変化身という六観音の一尊にも数えられているとか、普通は文字のみの碑で菩薩像や彫られた碑は少ない、まして牛馬馬頭観世音となると北海道に何基あるでしょうか・・・道内に限定してネット検索してもヒットはしませんでした。碑はかなり年期が入っているようで、かつて牛や馬が人とを助け動力の要となっていた時代を思い出します。牛馬頭観世音は蘭越町 道の駅 シェルプラザ・港のパーキング側にあります。◇所在地:蘭越町港町1402-1

弁開凧次郎翁終焉之地黒松内町 MAP

弁開凧次郎翁終焉之地碑

弁開凧次郎翁は847年、八雲町のコタン生まれで、20歳でコタンのリーダーとなる。アイヌ名はイカシパという。イカシパの意味は「何にでも優れている」という意味という。和名は「弁開凧次郎」と表記されているが、弁開は父親のベンケイからというが、凧次郎についての由来は不明。獣医や園芸家(薬草)として活躍するが、1902年の八甲田山遭難事件の際、八雲町のアイヌの若者で組織された救助隊を率いて捜索活動を行った事で知られる。1919年、72歳で長逝、観音橋のたもとに弁開凧次郎翁終焉之地碑がある。詳しくは「ウェブ絵本版・辨開凧次郎翁物語」で検索を。生誕地の八雲町内に説明板、八雲落部神社に御所の松と弁開凧次郎翁の説明板がある。
◇黒松内町太成 観音橋横の小公園

海神社寿都町

海神社

文化4(1807)年のある日、漁師が尻別川で漂流の木像二体を拾いあげてみると一体の背に「いそやのたけ寛文6年丙午8月11日初登浦山円空」とあり、もう一体の背には「らいねんの山」とあり、二体あわせて能津登岬の洞窟内に奉斎した。その後、地元住民の豊漁祈願のため協議の結果、天保2年社殿を建立し奉遷するという。以来明治9年に村社、同22年の稲荷神社との合祀を経て明治33年に社殿改築というが経年変化をそれほど感じない。道内では数少ない円空作の菩薩が有ると云うが公開はしていない。また2体とも現存するのかもわかれません。
◇所在地:寿都町字磯谷町能津登4番地

恵比寿神社と江差追分記念碑寿都町

恵比寿神社と江差追分記念碑

「忍路高島およびもないがせめて歌棄磯谷まで」と歌われた所で稲穂岬という小さな出岬に碑がある。稲穂崎横の石積みの護岸はかつての船着場跡、稲穂崎の先端部にあるのは恵比寿神社、道路を挟んで向かいは歌棄鰊御殿がある。松浦武四郎の西蝦夷日誌にエナヲ岬が時々出てくるが、その殆どは豊魚を祈願し木幣を奉げ海神を祭った所のようで、海岸ではアイヌ民族の祭場を引き継いでいる神社もある。峠のエナヲは木幣を奉げ通行の安全祈願をした場所で意味合いが異なる。
◇所在地:寿都町字歌棄町有戸 ◇N42°46’90,34” E140°18’4064”

弁慶岬と弁慶銅像寿都町 MAP

弁慶銅像

寿都と島牧の境界に突き出た岬で、昔、アイヌたちはポロ・エド(大きい岬)と呼んでいた。松浦武四郎の「西蝦夷日誌」では、ここをベニツケウと称し、その形が獣の背に似ているから付けられたとしているが、一方、武蔵坊弁慶が甲冑を曝されたところで弁慶岬ともいう。別にマレイ岬ともいうとも書かれている。他に義経伝説の一つとして語られてきた話もある。義経がアイヌ民族の神にとって変わる話は各地にあり、和人による意図的なアイヌ民族への信仰操作という説もある。弁慶岬公園に弁慶像があり夕日の名所とか。島牧でルアーマンから聞いた話「釣りに行った友人が弁慶岬でヒラメを釣ったらしい」と、本命は別な魚だったようですが、外道でヒラメを釣るなんて(^^; ◇撮影地:寿都郡寿都町政泊町弁慶 ◇N42°49’4137” E140°11’3839”

羊蹄山麓から追分ラインミニギャラリー

幌似駅交通公園かかし古里館倶知安駅前京極湧水公園現如上人銅像の由来碑喜茂別双葉小学校跡
寿都道の駅有島武郎文学碑海神社2奇岩ロード4奇岩ロード5奇岩ロード6
倶知安日本一の水中山峠・本願寺街道碑中山峠・北門開拓碑寿都追分記念碑余市教学所跡弁慶銅像2海神社の狛犬1海神社の狛犬2
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