渡島・胆振を巡る旅‼
有珠・噴火湾沿線ぐるっとプチ旅‼

長万部、豊浦、洞爺湖、伊達を巡る旅‼

長万部平和祈念館長万部町

長万部平和祈念館

1983年の終戦記念日に誕生。丸木位里、俊夫妻の「原爆の図・母子像」など、反戦と平和を願う心が生んだ数々の美工芸作品や室町時代の仏像、インドや西域の仏像など、他では見られない貴重な古美術品を多数展示、特に円空仏(観音座像)を見られるというのが凄い。前庭に野外彫刻作品が並び峠三吉さんの詩碑もある。◇所在地:長万部町字長万部413番地12

ヲシャマンベ陣屋跡長万部町 MAP

ヲシャマンベ陣屋跡

飯生神社社殿脇の平坦面が陣屋跡。赤い鳥居の反対側にある白い鳥居が境内入口で、手前に案内板がある。ヲシャマンベ陣屋跡案内板より
「安政2(1855)年、南部藩は恵山岬から幌別までの沿岸一帯の警備を幕府より命ぜられ箱館(函館市)に元陣屋を室蘭に出張陣屋を砂原、長万部には分屯所を設けることにした。ヲシャマンベ陣屋は室蘭の出張陣屋と同じく1856(安政3)年に構築されたが安政4(1857)年12月、長万部沿岸が砂原遠浅のため外国船が容易に近づけないことから南部藩は自藩に引上げた。当地方における唯一の近世史跡として指定された」※元陣屋は函館、出張陣屋は室蘭、長万部の陣屋は屯所で、完成1年後に放置?された。この地は安永2(1773)年には番屋が建てられ、飯生神社も創建されている。屯所跡の痕跡は神社のまわりを取り囲むようにして土塁が断続的に残り、神社の裏手側の土塁外側に堀跡もあるが改変はかなりある様に見えました。◇所在地:長万部町陣屋町(長万部町長万部376)

静狩湿原長万部町

静狩湿原

国道25号線沿いでJR室蘭本線の西側、オタモイ山麓にある小さな湿原。元々は600haの面積があったが農地開発で34haを残すだけという。湿原の真ん中に排水路が有り乾燥化がすすんでいるようだ。。市街地に近い湿原にしては観光地化されていず木道や遊歩道などはなく、踏み分け道がわずかにあるだけ。長靴必携でイソツツジの頃は華やかかもしれない。北海道最南端の高層湿原ということです。静狩湿原入口の案内看板がある。◇所在地:長万部町字静狩438

共立(龍神社)のイチイ長万部町 MAP

共立(龍神社)のイチイ

漁師の目印になっていたとあるも、幹が折れ短くなり風格は一段と増したようだ。幹周り350cm、樹高10m(折れる前は15m)、推定樹齢300年以上というが、幹周りから樹齢800年以上でもおかしくはない。イチイのそばに祠と馬頭観音があり地域の守護神的存在のようです。◇長万部町字静狩

静狩海岸の鳴き砂長万部町

静狩海岸の鳴き砂

鳴き砂の音を聞きたくて静狩海岸に立ち寄った(2016)が、残念ながらの訪問時には全く音がしなかった。鳴き砂の海岸は約4.5kmというが、ゴミと泥で汚れ気味ではそれも当然かと。静狩海岸の鳴き砂復活を期待・・大時化の後ならよいかも。◇所在地:長万部町静狩

礼文華文学碑公園豊浦町

礼文華文学碑公園

礼文華の茶津崎にある(トンネルの上)史跡公園でチャシ跡の壕は長さ16m、幅5m、深さ3mで原形に近い形で残され「ピリカノカ」に指定されている。茶津崎のトンネルを挟んで文学碑公園とキャンプ場になっていて、文学碑公園から茶津崎の階段を登ると展望台にでる。(僕は体力温存のためパス)文学碑公園と合わせ洞爺湖有珠山ジオパークジの関連施設担っており説明板があった。文学碑公園からの眺望も悪くはない。◇所在地:豊浦町字礼文華

下山梨豊浦町

下山梨

駅逓所跡探索で内陸部に入った壮滝別川筋の地域でニセコ町との境界に近い所に位置する地域。駅逓跡探索は不発に終わるが、高原よりみた羊蹄山の眺めは後志側とは違った魅力がありました。壮滝別川も怪しい魅力で釣り師を誘います(^^;◇所在地:豊浦町山梨355番地1

虻田歴史公園洞爺湖町

虻田歴史公園

虻田は何度も有珠山噴火の被害を被ってきた地域であり、なかでも1822年の有珠山噴火(文政の大噴火)で和人6名、アイヌ人53名、牧馬1430頭が焼死、アプタコタン焼き尽くすという壊滅的な被害をうけ、人々は新フレナイ(現虻田市街)に移住したという。虻田場所の請負人だった和田屋茂兵衛氏もその時の犠牲者の一人で公園に墓碑がある。他に先住アイヌ民族慰霊碑、道内最古の馬頭観音、菅江真澄歌碑、蝦夷牧(有珠虻田牧場)跡の碑や説明板がある。虻田歴史公園は虻田漁港を望む小さな駐車場の近くです。◇所在地:洞爺湖町入江

菅江真澄歌碑虻田歴史公園 洞爺湖町 MAP

菅江真澄歌碑

菅江真澄は江戸時代後期の旅行家、博物学者で各地をしばしば巡って旅を重ね、各地の風土、習慣、宗教から詩歌まで数多くの記録を残す。虻田には1791年に松前より海路で虻田に入り「蝦夷みても くもりも波の月きよく 吹く口びはの声の涼しさ」とムックリのひびきを歌に残していいる。このときには洞爺湖を巡り有珠山にも登っているが、現在の有珠山とは異なった形で昭和新山もなかった。碑は虻田町開基180周年を記念して建立された。◇所在地:洞爺湖町入江

蝦夷牧跡(有珠虻田牧場 御牧場=おまきば)虻田歴史公園 洞爺湖町

有珠虻田牧場 御牧場

文化2(1805)年に箱館奉行戸川安論(やすのぶ)が、アブタ・ウス開設した幕府直営の官営牧場で蝦夷牧(えぞまき)とよばれ、松前藩領になってからは有珠虻田牧場。岡山牧(虻田町東部から伊達市有珠町付近)、平野牧(若生町付近から伊達市街まで)、富沢牧、富川牧の4牧を開いた。戸川は種馬3頭の下付を受けて、南部藩からの献上された牝馬4頭、購入牝馬5頭とともに放牧。自然交配により年々増加し1810年代後半から20年代前半には4牧で二千頭を超え、文政5(1822)年には2553頭に達したが、この年の有珠山噴火で牧馬数百頭が斃死、一千頭ほどが行方不明となったという甚大な被害をうける。牧士は世襲制で明治維新まで続いていたとされるが牧場は明治2(1869)年に廃止されている。◇所在地:洞爺湖町入江

馬頭観音虻田歴史公園 洞爺湖町

馬頭観音

蝦夷牧は今の豊浦町から伊達市黄金までの広大な土地に2千数百頭を放牧していたが、文政の大噴火で1430頭、1822年には大雪で900頭余りが死んだと云う。林立する馬頭観音は大正期の建立が多いようですが、江戸から明治初期の馬頭観音は観音堂にあるようです。馬頭観音の基数は多いが観音像が彫られたり観音像のあるのはみていない。◇所在地:洞爺湖町入江

洞爺湖展望台洞爺湖町

洞爺湖展望台

洞爺国道(230号線)沿いにサイロ展望台と書かれた観光施設が有り裏手にある展望台から洞爺湖を一望、中島、有珠山、昭和新山も望める。また後方羊蹄山や尻別岳の山々もそれなり望める。ただ大型観光バスも止まる有名スポットで落ち着かないかも。◇洞爺湖町成香3-5

有珠善光寺伊達市

有珠善光寺

有珠湾に臨む丘陵上に位置する浄土宗寺院で大臼山道場院と号す。伝承によれば天長年間(平安時代)に比叡山の僧であった慈覚大師円仁が来訪し小さな祠を建て阿弥陀如来像を奉納し善光寺と名付けたというが現実味には乏しいが、1640年代後半にすでに存在しており蝦夷地でも古い歴史をもつ。元々は今の地蔵堂付近に有ったというが官寺(蝦夷三官寺)となって移転したというが、その後も有珠山噴火のため文政5年から天保7年にヤマクシナイ、嘉永6年から安政4年にかけてはヲシャマンベ場所に仮院を設け避難していた。◇伊達市有珠町

善光寺自然公園伊達市

善光寺自然公園

有珠善光寺の裏手に広がる自然公園で遊歩道が整備されているが一部途中で途切れたりと迷いそうになる。有珠善光寺自然公園にはナラの巨木が多いが350年を越える事はないそうですが、その訳は有珠山の噴火という、長万部側はその後の噴火で200年を越える大きな木はないという。自然公園もう一つ有名なのは桜でしょうか。◇伊達市有珠町

大臼山善光寺 地蔵堂伊達市 MAP

大臼山善光寺 地蔵堂

官寺になって移転するまで善光寺があった云われる場所にある地蔵堂です。珍しいのは石段下にあった「織部灯篭=別名・キリシタン灯篭」の説明板、実物は有珠郷土資料館で保存されていると。地蔵は菩薩さんというが、ここは神社のような雰囲気で境内の隅に土俵もありました。◇伊達市有珠町

バチラー夫妻記念堂伊達市 MAP

バチラー夫妻記念堂

1937(昭和12)年、ジョン・バチラー夫妻の養女、向井八重子(バチラー八重子)とその弟山雄、そして多くの信者らの協力によって建てられた石造りの教会堂。建物の正面中央と1階左右の窓上部にあるノコギリ型の三角形は「重ね菱」と呼ばれています。平成12年に老朽化した記念堂の修復工事が行われた。バチラーとは英国聖公会の宣教師ジョン・バチラー(1854~1944)の事で、明治初期に英国聖公会が北海道での活動を始めるにあたり、アイヌ伝道の責任英国聖公会の宣教師でした。函館で病気療養中にアイヌ民族を取り巻く不当な境遇を知り、この地を生涯の仕事の場に選んだといいます。バチラーは太平洋戦争の激化で1940(昭和15)に帰国させられるまでアイヌ文化を敬愛し人々の信頼と信仰を得ました。◇所在地:伊達市向有珠町119

バチラー(向井)八重子歌碑バチラー記念教会堂 伊達市 MAP

バチラー八重子歌碑1

歌碑は八重子生誕120年に向け市民からの募金で建てられたもの。その中心となった期成会は、昭和20年代から30年代にかけ、かつて八重子がこの場所で開いた日曜学校に通っていた人々などが担いました。歌碑は2003(平成15)年にバチラー夫妻記念教会堂前庭と有珠地区コミュニティーセンター白鳥館、有珠生活館の3カ所に建立。◇バチラー八重子 バチラー記念教会堂の歌碑

「春ごとに 村に訪ひ来し 閑古鳥 家の近くの 山に鳴きしか」
「海もよし 山もうつくし 人もよし ほんに住みよき 有珠コタンかな」
「有珠山に のぼりながむる 噴火湾 岸辺にたてる 駒が嶽かな」
◇所在地:伊達市向有珠町119

バチラー(向井)八重子歌碑有珠生活館前 伊達市 MAP

バチラー八重子歌碑2

アイヌ民族出身のキリスト教伝道者で歌人として知られている。伊達市向有珠町にて1884(明治17)年に向井富蔵の次女として生まれる。満8歳で英国聖公会宣教師ジョン・バチラーより受洗、1902年東京の聖ヒルダ神学校(現・香蘭女学校)に学ぶ。1906年バチラー夫妻の養女となり,1909~10年バチラーに同行し渡英.帰国後日本聖公会の平取、幌別教会等に勤務し、伝道活動につとめた。◇バチラー八重子 有珠生活館前の歌碑

「ごとごとと ちひさき泉 今もなほ 埋れつつも 湧きてあるらむ」
「モシリコロ カムイバゼトノ コオリバカン ウタラバピリカ プリネグスネナ」
「大八州国知ろしめす神のみことのたふとしや 神のいづみのいや高にさかえますべし」
(金田一京助訳) ◇所在地:伊達市向有珠町

バチラー(向井)八重子歌碑白鳥館前 伊達市 MAP

バチラー八重子歌碑3

歌人としては有珠の自然、アイヌの人々のこと、アイヌ伝説に取材した短歌、アイヌ語で書かれた短歌の作等で知られる。著書に歌集「若きウタリに」がある。バチラー夫妻記念堂の開設にも大きな役割を果たした。◇バチラー八重子 白鳥館前の歌碑

「有珠湾に まれに訪び来る 雁の群 足もぬらさで 去るぞ悲しき」
「ポロノット タンネシントや レブンモシリ 神の園生も かくやあるらむ」
◇所在地:伊達市有珠町41番地2

総合公園だて歴史の杜伊達市

だて歴史の杜・竹林

伊達開拓記念館周一帯の広い公園で、開拓記念館を初め道の駅(伊達市観光物産館)や、運動場とグランド、庭園、竹林などの他旧三戸部家住宅、伊達迎賓館や旧藩主伊達邦成や田村顕允の銅像など、だて歴史の杜には伊達家に関する遺構が多くみられる。◇所在地:伊達市梅本町61番地

伊達迎賓館伊達市

伊達迎賓館

開拓記念館敷地では一際目立つ2階建ての建物で、伊達邦成が男爵の位を受けた祝いに、家臣らによって明治25年に建てられた。洋室と和室を取り合わせた構造で全体的に数寄屋風の書院造の建物。明治政府高官や開拓使などを接待するために利用された。伊達市開拓記念館iには伊達家18代当主伊達廉夫氏が先祖の偉業を後世に伝えるための史料、美術品の数々を市に寄贈したことがきっかけで昭和33年に開館。館内に武具や甲冑、書画などの美術工芸品など、主に江戸時代作られた貴重な調度品を常設展示している。見学は開拓記念館のみ有料。◇所在地:伊達市梅本町61番地2

旧三戸部家住宅伊達市

旧三戸部家住宅

北海道内に現存する最古級の開拓農家の家屋で明治10年後半に仙台地方の建築様式を取り入れて建てられた文化的価値が非常に高い建物です。昭和44年に市内萩原町にあった住宅を開拓記念館庭園内に移築したもの。昭和46年に国の重要文化財に指定される。◇所在地:伊達市梅本町61番地2

本願寺道路起点碑伊達市 MAP

本願寺道路起点碑

京都東本願寺の法主大谷現如が、僧侶その他162名を引き連れて渡道し、邦成等紋鼈開拓者一統の協力も得て明治3年、伊達市のオサルベツ(現・長和)で起工し、洞爺湖の東岸を回り喜茂別から山越えし定山渓を経て天神山麓付近までを結ぶ約103kmの新道が開削され明治4年に開通した。本願寺道路と云うが本願寺街道、有珠街道とも云い国道230号の基礎となった。碑は伊達郷土史研究会が発見した古い地図を元に起点を確定し、平成3年、長和住民の協力を得て高さ約3m程の石碑が建てられた。本願寺道路終点の平岸まで途上、中山峠、札幌市簾舞、札幌市簾舞にも旧本願寺道路跡を示す碑が建立され、本願寺道路沿いに設置された旧駅逓(通行屋)も簾舞に現存する。※長和からR453を300m程入った所に碑がある。◇所在地:伊達市長和

田村顕允像伊達市

田村顕允像

田村顕允(1832-1913)は陸奥仙台藩、亘理領主伊達邦成の家臣(家老)、知行を殆ど失ない家臣団を養のが不可能になったため北海道への移住を提案。領主と共に明治3年より有珠への移住を初め、開拓と牧畜の導入、農社の結成などを図り伊達市の基礎を築いた。本姓は常盤、通称は新九郎、号は珠山。ブロンズ像制作:本郷 新 1969年◇所在地:伊達市梅本町61番地2

伊達邦成像伊達市

伊達邦成像

伊達邦成(1841~1904)は仙台藩一門、亘理伊達氏の14代目、当別町の基礎を築いた伊達邦直は実兄にあたる。戊辰戦争では海道筋に出兵、仙台藩降伏後は知行を減らされ家臣団を養のが不可能になり、家老、常盤新九郎(田村顕允)の意見により1870年から家臣等を率いて有珠に移住、胆振の開発に貢献した。ブロンズ像制作:本郷 新 1969年 ◇所在地:伊達市梅本町61番地2

三階滝大滝区 伊達市

三階滝

落差10mを三段になって落ちるが、橋の上から見るせいか滝の大きさの割には迫力に欠けるも渓相は文句なし。迫力を求めるなら河原にとなるが橋が邪魔。春の水量が多い時や紅葉の季節はよいとおもいます。三階滝公園の一角にあるので気軽によれます。滝のそばに「甘露法水」という湧水があり汲みに来る人も多い。◇所在地:伊達市大滝区三階滝町

有珠・噴火湾沿線ミニギャラリー

山越内関所の井戸跡平和記念館2峠三吉詩碑長万部陣屋2長万部陣屋3長万部陣屋4
飯生神社社殿静狩湿原2静狩海岸2礼文華海岸虻田海岸馬頭観音像群
馬頭観音説明碑虻田歴史公園・和田屋墓碑洞爺湖展望台2洞爺湖展望台付近より1洞爺湖展望台付近より2有珠善光寺
ハマナス台場公園3山越内関所之跡和人地・蝦夷地の境円空仏長万部陣屋4静狩湿原3三味線滝2静狩湿原4
虻田町先住アイヌ慰霊碑有珠虻田牧場跡和田屋墓碑大滝・三階滝伊達先住民族アイヌ慰霊碑ハルカラモイ2絵鞆岬展望台地名発祥の坂
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