ぐるっと天北を巡る・天塩町と天塩川河口&史跡の旅‼

天塩町

北海道でその流程第2位の天塩川河口に開けた街。天塩の地名は古くから使われていますが川や町名のほかに『天塩国』という呼び方が古い文献には良く登場する。明治まで十勝、釧路、石狩などと同じように増毛から稚内までの広域を天塩国と呼んでいました。今でも天塩というと天塩国のイメージが有り内陸側にもかなり入り込んでいる。

道の駅~てしお

天塩町・道の駅~てしお

国道232号線天塩バイパスの天塩市街地にできた『道の駅てしお』は旅人のオアシスとして、また観光資料やフロント横のワイドビジョンで放映される天塩町の観光案内など各種情報を得られる情報基地として利用できます。レストランも併設されています。お勧めは天塩特産のシジミを使ったしじみ汁やしじみ弁当てすね。天塩に行ったときは最初によってここで情報を得てから次の作戦をたてよう。

夕映温泉

天塩町・夕映温泉

キャンプ場のある鏡沼の高台の上にある日帰り専用の温泉。正面の方は温泉の雰囲気がまるでないが鏡沼から夕陽を浴びて輝くところが綺麗だ。和風と洋風の浴場あり毎日男女が入れ替わります。温泉は塩化物強塩泉で肌がすっきりするといいます。キャンプ場に近くて便利ですね。

天塩川歴史資料館

天塩町・天塩川歴史資料館

旧天塩町役場を改修し天塩川歴史資料館として開設された。この資料館は天塩町と天塩川流域の歴史も紹介しています。中でも興味深いのは天塩川の川運に使用された長門船が復元展示されていたこと。天塩川は道路網が整備される前は船で内陸の中川から名寄方面まで往来していた。

松浦武四郎像と歌碑地図へ

天塩町・松浦武史郎像と歌碑

弘化3年以後4度天塩を訪れている松浦武四郎翁は北海道の名付け親であるが、これはテシホアイヌとの会話の中から生み出されたと言う。蝦夷地の全貌を明らかにし膨大な資料を後世に残した彼の功績を称えて天塩町が作成した立像と歌碑で二首の短歌が刻まれている。立像は天塩の渚を眺める姿を再現している。今風な言い方をすると松浦武四郎翁は恐るべきアウトドアの超人でも有った。
◇天塩町更岸 天塩川河口鏡沼海浜公園 ◇N44°52’37” E141°44’32”

天塩川歴史紀行 (説明板)地図へ

天塩町 天塩川河川公園

天塩川河口、カヌーポート付近で見晴らしの良い目立つ所に北海道開発局設置の説明板が有る。天塩日誌を訪ねてのサブタイトル通り、安政4年に流域を知り尽くしたアエリテンカ、トセツ、エコレ、トキコサンの案内で天塩川を踏査した経過の概要を誌してある。説明内容は一般的に知られている「天塩日誌」を元にしたもので判りやすい。何よりも人の眼に触れる所に有るのが嬉しい。なお説明板の宿泊日時は「天塩日誌」による説明で丁巳日誌とは一部異なる
◇天塩町 天塩川河川公園 ◇N44°53’07,6” E141°44’29.7”

松浦武四郎宿営推定地 ヲタシウシ地図へ

天塩町雄信内

ヲタシウシは幌延町安牛駅近くで人目はあるもまばら。天之穂日誌ヲタシウシ、天塩日誌ではヲンカンランマとなっており食い違いは有るが・・・説明板では宿営推定地を幌延町安牛付近としてあるが、北海道開発局設置の説明板は人目に触れやすいように、国道40号線が天塩町の雄信内(オノブナイ)川を越える栄橋上流側左岸の堤防上に設置。ということで天塩町のほうにも掲載しておいた。
◇天塩町雄信内 ◇標高 16m N44°53’48.2” E141°55’26.2”

天塩運上屋跡

手塩町-01

文化4年、幕府による西蝦夷地の全域直轄にともない場所請負人に対し区域を定めて道路の開削を命じ、各地の要所に通行屋を設け官馬を配備。寛政年代の頃、増毛、留萌、苫前、天塩の4箇所に運上屋が設置されたとあり、この頃に開設されたらしい。建物は大正元年(1912)まで現存。武四郎が最初に訪れたのは弘化3年、この頃は天塩川の鮭漁が不調で本拠地は苫前だったようです。武四郎は安政4年にアイヌの人々に助けられ天塩川を遡り、内陸部の克明な記録を丁巳日誌に残した。その時の始発と帰着点は天塩運上屋だった。
◇天塩町指定史跡(S57.1.26) ◇天塩町海岸通4丁目3975 番地の2
◇GPS:N44°52’58.5” E141°44’33.0”

天塩駅逓跡

手塩町-01

天塩場所は天明六年の開設というが、天塩駅逓の開設は明治5年の開設で、宿泊のほか郵便・荷物・旅行者の運送を取り扱った。最終的な駅逓制度が出来て官設として明治32年に再設置されているが、あまり情報がない。ただ鉄道開通前は天塩川を利用した船運が物流の中心で、天塩はその入口だった。天塩駅逓跡には碑が有るが、その後に開設された作返(ウプシ?)、雄信内、南雄信内の駅逓跡に碑は無い様です。◇設置:明治5年 ◇初代取扱人:菊地和三郎 ◇二代:松岡隆三
◇再設置:明治32年06月 ◇廃止:大正13年06月 ◇初代取扱人・鈴木栄三郎
◇所在地:天塩町海岸通2丁目23番地の1
◇GPS◇N44°52’54.6” E141°44’37.5”

川口遺跡風景林

天塩町・川口遺跡風景林

天塩市街から1.5㎞の天塩川河口の川口地区にある。遊歩道の入り口近くに千数百年前の擦文文化期の代表的な家を模して復元された竪穴住居がある。遺跡は擦文文化期、オホーツク文化期のもので幅200m長さ1.5kmの範囲に壁穴住居跡が広がっていてその数230基。遺跡周辺の遊歩道では野鳥が多い。天塩川歴史博物館で遺跡から発掘された遺物を展示。

天塩町町の自然と景観スポット・ミニギャラリー

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