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ぐるっと砂川プチ観光・公園と記念碑を巡る‼

滝川公園

滝川市から砂川に向かい空知川にかかる空知大橋を渡った所にある水郷公園で、砂川に有りながら滝川市が管理している公園。かつてこの辺一帯は空知太と呼ばれていた地域で滝川の発祥と縁の深い土地柄です。公園にある大小二つの池は空知川の三日月湖で昔から良いヘラブナの釣場となっていた。ただ公園には小さな川が流れ込んでいて土砂の流入により年々水深が浅くなり魚影はかなり減ってしまったのは寂しい限りだ。滝川公園沼も以前は浚渫もされていたが現在は財政難もあり行われていず、公園の管理もあまり良くありません。キャンプ場(車は入れません)も有りますが不便で殆ど使われていない。ここは昔から桜の名所として100本を越える桜が満開になる時は綺麗です。◆砂川市空知太556番地

石川啄木の碑

画像枠明治41年に啄木が釧路への途中に立ち寄った時に当時尊敬していた独歩を追想して詠んだ詩といわれる。歌碑には『空知川雪に埋れて鳥も見えず岸辺の林に人ひとりゐき』と刻まれている。昭和25年に滝川開町60年記念して滝川歌人会によりの建立された。同じ公園内に国木田独歩の『空知川の岸辺』碑があります。啄木は砂川にも来ていたのですね。◆砂川市空知太556番地 滝川公園内

国木田独歩の碑

画像枠明治28年に国木田独歩が新天地を求め砂川を訪れたことを記念して昭和25年に建立された文学碑で『空知川の岸辺』の一文が刻まれています。独歩はそのころ開通したばかりの岩見沢から砂川、歌志内への炭鉱鉄道を利用し当時日本最北の駅だった『空知太駅』に降り立った。独歩が訪れた後三年で滝川駅が開設され、空知太駅は廃駅となっています。◆砂川市空知太556番地 滝川公園内

北泉岳寺と赤穂四十七士の墓

画像枠空知太にある北泉岳寺には、昭和28年に芝高輪の泉岳寺に眠る赤穂義士の分霊を受けて建立された、赤穂浪士四十七士の墓碑があります。忠臣蔵で有名な12月14日の討ち入りの日には、義士の衣装で身を包んだ市民が市内をパレードする北海道義士際が開催されています。北泉岳寺の周囲は豊かな緑に囲まれています。 ◆砂川市空知太444番地

新四国八十八ヶ所

画像枠もと元砂川市民スキー場の南側、豊平岳の西側に砂川市内にある弘法寺の住職が、四国にある弘法大師ゆかりの本国八十八ヶ所の砂を集め、八十八体の地蔵の下に納めて巡礼コースをつくりました。此処には飲める湧水が有ると。◆砂川市東豊沼 弘法寺 TEL:0125-52-4396

空知太駅跡 石碑

画像枠現在のJR函館本線の前身、北海道炭礦鉄道ならびに北海道官設鉄道の駅。滝川駅開業まで6年の間設置された。当時の空知太駅は文豪国木田独歩の言葉を借りると『停車場に附属する処の二三の家屋の外人間に縁ある者は何も無い』と、その家屋とは待合所と宿泊所を兼ねて設置されていた三浦屋の事で今の空知川橋梁(通称・赤鉄橋)の手前にありました。いまは石碑のみが残っています。◆砂川市空知太

史蹟 松浦武四郎踏査の地碑map-ic

砂川市空知太239番地昭和39年に砂川郷土研究会が建立したかなり大きな自然石と合わせた石碑で一通り松浦武四郎の略歴を紹介したあと、「安政四年の踏査に当り空知太に立ち寄られたのは和人にしてわが砂川に足跡を印した最初の人と思われる。ここに記念の碑を建てて不朽の功績を仰ぎ史蹟として広く世に伝えんとする所以である」と結び、続けて「松浦武四郎の石狩日誌抄録 安政丁巳(安政四年 四十才の時)トミハセ セツカウシ ニホウンデアイラカケ四人を水夫として五月十五日朝ウラシナイを発しキナウシナイ チヤシナイ等を過ぐるところ ウツカ(はや瀬)の有けるにはか取がたく八つ過ぎ(午後二時頃)ソラチブトに行(ウラシナイより六里)此の川第二の支流なり源はトカチ岳より来たり 過て十八丁 トツクフト是第六の支流也 日かず経て トツクの里に 来てみれば ここも変わらぬ 芦ぶきの宿」と刻んである。国道12号線空知川大橋の手前を左に入りJR線路の下を通り抜けていくと工業団地用地の河川敷高台に碑が有り、碑の裏面に説明文が刻まれている。安政4年に幕府の命を受け北方探検した際、砂川市空知太を踏査した宿泊の地に建てられたものとなっているが、丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌では宿営地はトツクフトでソラチブトでは宿営していない。◇砂川市空知太239(空知川堤防松浦台)◇位置情報 ◇標高 56m N43°31’49.5” E141°54’21.2”

開鑿記念碑

画像枠国道12号の前身である上川道路の開鑿で亡くなった囚人達の慰霊碑で開道百年を記念して空知太分岐点に建立。上川道路は樺戸集治監の囚人を使い明治19年5月16日に着手、当時の開拓使長官岩村通俊が砂川から旭川、砂川から三笠までの区間を同年8月20日に開通した。これは恐るべきき早さであり犠牲者の多かった事が容易に想像できます。◆砂川市空知太西5条7丁目(空知太神社境内)

青年流汗の碑

画像枠石狩川と空知川の合流点付近の河川切替工事に活躍した産業開発青年隊が、北光地区の治水事業に貢献したことを称え精悍な青年をデザインした記念碑。そばにイチイの木があり目印になります。ここから南側の程近い所に「松浦武四郎踏査の地」の碑がある。◆砂川市空知太239番地

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